The La Paz Times~ラパス便り~特別編1

The La Paz Times

特別編1

フィールドワーク:Industrial Development Survey
「NAFTA体制下のメキシコ合衆国、南バハカリフォルニア州の農業」

TA(ティーチング・アシスタント)

農学研究科ファーミングシステム学研究室 飯田優衣子




突然ですが、WTOとは何なのか知っていますか?


新聞でもWTOとかFTAとかEPAとかいう単語を至るところで見かけますが、中々意味までは知らないという人も多いことと思います。



WTOというのは「世界貿易機関」の略称で、世界中のすべての国を「自由貿易化」することを目的としています。



この自由貿易化というのは、開放的な経済にしてゆくために、これまでの「日本人なら日本で働いて、日本のモノを買わせる」という制度から、より世界的にボーダレスな制度を作って実行することを意味しています。



たとえば、海外からモノを輸入するときに設定されている関税を取り払って安い値段でモノの取引をすることに加えて、自分の国だけでしか働けないという制度から働きたい場所なら世界中どこでも働くことができる制度などが挙げられますが、こんな感じでモノや人が簡単に国境を越えることができるようにサポートしていくのがWTOという組織です。



そしてFTAやEPAは、自由貿易化する地域で締結される協定で、いつからいつまでにどれだけ関税を減らすのか、いつまでに国内の法律を整備するのかなど、国同士で色々なことを取り決めています。



日本とメキシコは、2005年に日本―メキシコEPAを締結して以来、非常に良好な経済関係を保っています。



メキシコからの品物も日本の至るところで見ることができます。

最近ブームとなったアボカドの80%はメキシコ産であり、更に日本の工業塩の70%以上が私たちの住んでいるラパスから近い距離にあるゲレロネグロという場所で生産されています。噂では「博多の塩」もメキシコ産の塩が入っているとか。テキーラも有名ですね。

日本がメキシコとEPAを締結して以来、日本でのアボカドの消費量はここ数年で何倍にも増加しているそうです。

ラパスでも、TOYOTA、NISSANなどの新車が走っているのを多く見かけます。



このように、FTAやEPAは、経済的な面で国同士の距離を近くする役割を担っているわけです。



FTAやEPAはそれぞれの国の経済が活発化することを目的とされた、国同士の関係にとって非常に重要な協定ですが、いい面ばかりではありません。

日本で深刻な問題となっているのがアメリカ産コムギや中国産生鮮野菜などの流入で、これらの外国産食料によって日本の食料自給率は非常に低くなっています。

また、安い作物の流入によって生計を立てることができなくなった農家の農業離れなども非常に大きな問題です。



このような問題は実に様々な国で同様に起こっていて、メキシコも例外ではありません。

メキシコは1994年に北米自由貿易協定(NAFTA)を締結してから、主にアメリカと良くも悪くもさらに強固な経済関係を築いてきています。

現在、メキシコの対米輸出依存率は90%近く、対米輸入依存率も80%近くと、貿易をアメリカにのみ依存している状態を続けていて、アメリカの景気がメキシコの経済に非常に深刻な影響を及ぼしています。



このような中で、メキシコの農業が具体的にどのような影響を受けているのか、メキシコの政府は農家に対してどのような政策を打ち出さなければならないのかを考え、ひいてはグローバル化の進む中で日本の農業もどのように変化してゆくべきなのかを考えてゆくのが、私たちの実習の趣旨となっています。





実習1日目

午前中:ガイダンス

実習の前に、小林先生のガイダンスでメキシコの経済がどのような状態にあるのかを、メキシコ政府や国際機関の統計を見ながら説明を行いました。

全国の統計を見る限り、NAFTA締結前と締結後では経済全体は確実に伸びていましたが、農産物の輸入量や輸入額の増加や農家の収入の格差拡大などのマイナス面も見られたため、現在のラパスがどのような状況となっているのか非常に気になる状態でした。

生徒たちはこのガイダンスで得られた情報を踏まえて午後のCONAGUA(国家水資源委員会)に向かうこととなりました。



午後:CONAGUA(国家水資源委員会)訪問

午後はメキシコ合衆国の環境省傘下であるCONAGUAに訪問しました。



CONAGUAは飲料水を管理する部門ですが、国家開発における水の役割の重要さや、ラパスのあるバハカリフォルニアの水資源がどれほど少ないのかをしっかりと認識していて、人口の増え続けているメキシコにおいて、農業用水や飲料水、工業用水すべてを含めた統合的な水の管理法を考えなければならないということを、地下水の減水深という概念を用いて説明してもらいました。


実習2日目

午前中①:Secretarìa de Economìa(経済省)訪問


朝1番で行ったのはSecretarìa de Economìaという、日本で言うと経済産業省の部門を管轄するメキシコの省庁でした。

世界を相手に結んだFTAの影響を貿易額の増加や貿易収支の変化の観点から説明してもらい、特にメキシコにとって重要であるNAFTAに焦点を当て、中小企業の動向やNAFTA体制下における競争の激化などを詳しく解説してもらいました。



午前中②:SAGARPA(農牧省)訪問

Secretarìa de Economìaでの解説を踏まえ、省庁3つ目としてSAGARPA(農牧省)を訪問しました。

ここでは、ここ15年程の農政の様子と、南バハカリフォルニア州での農家への補助や、農家の活動がNAFTA体制においてどれだけ活発になっているかの話を聞きました。

全国の傾向で見た農家の貧困化・窮乏化は南バハカリフォルニアにおいては見られない、とのコメントを、SAGARPAの職員がはっきりと出されていて、南バハカリフォルニアにおける農業活動の実力と自分たちの存在に自信を持っておられるようでした。



午後:これまでJICAと鳥取大学が行った開発事業のプレゼンを聞きました。

これまでは全国・州単位の大まかな流れを勉強していましたが、ここではじめて農村という小さな単位での事業がどのようなものなのか、鳥取大学はどのような貢献をしてきているのかということを知りました。

また、この事業は農村において最も農家が望む形の農業経営モデルを構築するという、これまでの実習で聞いてきた中でもっとも具体的な解決策を提示しており、生徒たちにとってもこの実習へのアプローチを学ぶ上で非常に重要なプレゼンだったように思います。



実習3日目:マーケット調査

3日目はラパスの卸売市場であるMercado de AbastosとスーパーマーケットARAMBUROに行きました。


Mercado de Abastosではラパスにおける農産物流通の規模や輸出先の説明を聞きました。Mercado de Abastosへ売りに来る農家は0~2haの小規模農家が多く、NAFTA以降増加している大規模農家の存在にも少なからず影響を受けている様子でした。

また、午後からはスーパーマーケットARAMBUROでディレクターの方に聞き取り調査をしました。このスーパーマーケットは激化する他社との競争において品質の向上に重点を置いた差別化戦略をとり、最高品質のものをグアナファトやティファナから取り寄せているそうです。

NAFTA体制下における競争で地域のマーケットが生き残るためにどのような戦略をとっているのかという点で非常に興味深い情報を聞くことができました。

ちなみにこのスーパーマーケットはNAFTAが発効したのちでも経営を縮小することなく、顧客のキープを続けることができているそうです。

1時間半という短い時間の中で生徒も多くの質問を投げかけ、大変充実した時間となりました。





実習4日目:農場・農家調査@カリサール村

4日目の農村調査では、中小規模農家と大規模農場の見学に行きました。

午前中に訪問したFrancisco Prajedesさんの農場の規模は、所有面積が22ha、実際に農作物を作付している面積は5haほどだそうです。日本で20ha以上の土地を所有して5haも作付していたら非常に大規模な農業経営を行っているといえますが、ここ南バハカリフォルニアは日本の降水量の半分にも満たない乾燥地で、同じ面積作付しても生産量が日本よりずっと少ない状況なので、Prajedesさんの農場規模でも中小農家に分類されています。

この農場では、水やりに点滴灌漑という技術を利用し、水資源の限られた中でより多くの作物を生産するための努力が行われていました。



ちなみにこの点滴灌漑というのは、作付している作物の根元にパイプを這わせ、少しずつ少しずつ水をやっていくことです。英語ではDrip Irrigationとよび、コーヒーのドリップのような感じで少しずつ水やりしていくようなイメージです。

鳥取では砂丘地で大規模なスプリンクラーを利用した灌漑が行われていますが、メキシコの灌漑技術を目の当たりにすると、スプリンクラーを利用した灌漑が許される地域というのが非常に限られていることに気付かされます。



この農場の設備に対する政府への補償は全くなく、行政側の人が訪ねてくることすら全くないそうですが、Prajedesさんは農業を始めて10年ほどの間に規模を着実に拡大し、将来的には農業組合を作ってさらに競争力を高めることも視野に入れているそうです。NAFTAの貿易自由化の中で生き残ってゆくために、生産技術と販売の向上に対して努力をしている農家のリアリティが伝わってきました。



午後からはアメリカの企業と生産契約を結んでいる大規模農場に訪問しました。この大規模農場は企業的生産に踏み切っており、常に労働者を雇用して25haもの土地にトマトやトウガラシを作付していました。ここではアメリカとの契約により有機栽培を行うため、農場に入る人全員への手洗いの徹底や車のタイヤの消毒による病害虫侵入の防止、除虫剤を使わないためのフェロモンを利用した防虫対策などがとられていました。それらの資材はすべて契約しているアメリカの農産工業会社が支払いをしてくれるとのことで、この農場ではこれまでの農場では見たことのないような様々な高度な生産技術・生産設備が整っていました。安価で高品質な作物を大量に仕入れたいアメリカ側と、利益を増やしたいメキシコ農企業の思惑が合致したスタイルではありますが、ひとつだけ気になることがありました。



それは、この農場で作付している25haの農地には、農地300ha分の水が投入されているということです。これからこの企業が規模拡大を続けていくと、いったいどれほどの水が農業生産に必要となるのか、その環境への負担がどのようになってゆくのかということを想像すると、このような農業の経営形態は持続的でないため、いずれ変化してゆかなければならないように思いました。



実習5日目:畜産経営農家見学

畜産農家見学では、トドスサントスのメキシコの伝統的な肉・乳用牛生産農家と乾燥地に適応した肉用鹿生産農家を見学しました。



伝統的な肉用牛生産農家では、南バハカリフォルニアの気候に適応するようかけあわされた牛種を80頭飼育しており、国の補助で購入したソーラーパネルで発電・揚水しながら生計を立てていました。

この畜産農家は肥育した牛の流通を全て仲買人に任せており、時には非常に安い値段で買いたたかれてしまうこともあるそうです。しかし、この農家では肉用牛の卸売だけでなく、自宅で搾乳した牛乳を利用してチーズを作り販売することによって付加価値を付け、より多くの収入を得ようとする努力が見られました。

至るところに大きな卸売市場が存在し、JAによって一定の価格が保たれている日本と違い、仲買人に価格設定が任されているメキシコの流通構造においては、農家の交渉力を高めるうえで生産組合を作ることが火急的な問題であるように感じました。



鹿肉生産農家では、ニュージーランドから耐乾品種である赤ジカを輸入し、南バハカリフォルニアの在来品種と混ざらないように完全に囲い込みしたうえで飼育していました。

この赤ジカは1kgあたり160ペソ(日本円で1500円前後)と、牛の市場価格の10倍以上で取引されているそうで、利益も多く出ているそうです。見学に行ったこの鹿生産農家も家の外観、資本状況などを概観したところ、非常によい経済状態にあることが推察されました。



実習6日目:プレゼンテーション

この実習を踏まえて、生徒たちは4班に分かれ、バハカリフォルニアの農業がどのようになっているかを発表しました。プレゼンテーションの順番としては、

①NAFTA体制下の南バハカリフォルニアにおける野菜作経営の現状

②NAFTA体制下の南バハカリフォルニアにおける畜産経営の現状

③NAFTA体制下における農産物流通の現状

④南バハカリフォルニアにおける農業政策

でした。

 



それぞれの班がこれまでの実習をうまくまとめ、メキシコ農業の問題点や、NAFTA下で自由貿易化が進む社会がこれからそれらの問題に対してどのようなアプローチをとってゆくべきかを提示し、プレゼンに参加したメキシコ人とディスカッションを交わしていました。

このプレゼンテーションのセッションはメキシコ人にとっては自国の農業が海外から見てどのような現状なのかをしるよい機会に、日本人にとってはメキシコの農業から学ぶべき点は何なのか、自国の農業の問題点がどこにあるのかをよく考えるよい機会になったのではないでしょうか。


これからも、現在経済において観光に重点を置いている南バハカリフォルニア州がどのような政策を打ち出してゆくべきか、日本はメキシコにどのような貢献ができるかなどを考えるにあたって、現状を知ることができたという点でもこの実習は大きな意義のあったものであるように感じました。



最後にではありますが、メキシコ州政府の皆様、市場調査・農村調査に協力してくれた市民の皆様、通訳の方々へ多大な感謝の気持ちを送ります。本当にありがとうございました。